Qualia11

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昨日。2004年2月21日。
SONYから出ているQualiaという商品は知ってる人もいるとおもいますが、そのモトネタ、茂木健一郎氏の主催するQualia manifesto-off会へ行ってきました。
もとはMLで馬場さんという人が「クオリアは脳では作れない?」という主張をしたことに端を発します。
正直な話、僕はこの手の主張って聞き飽きていて、トンデモ系のおっさんの勘違いとしか思っていませんでした。
僕がこのQualia11に参加したのは馬場さんの話を聞くためではなく、モギケンや塩谷さんの話を聞いたり、二次会以降でバカ話に花を咲かせるためでした。
……


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塩谷さんの話はそらもぉぶっ跳んじゃってて、一番前の席で聞いていた僕と時々目が合うのだけど、視線で「そうだろ?」と問いかけられても「も、もちろん聞いてました。寝てなんかいませんでした」と電波で答えるのが精一杯でした。
s-baba.jpgその次に馬場さんがお話をしたのですが、残念ながら「心は脳では作れないのではないか? 脳を切っていっても、脳としての機能はそのまま保持されるはずだが、心を分割することができない。つまり脳と心は対応していない」という陳腐な論議だったのです。
案の定トンデモ系としか聞こえず、コロさん、モギケン、塩谷さんに質問され、しどろもどろになり「よくわからないんですけど」を連発し、火達磨でした。
ところが、後日談。
 『タイムトラベルの哲学』(講談社)を書いた青山拓央さんが、馬場さんを擁護する意見をMLに寄せています。
スゲーぜ、青山!
絶妙のキラーパス!

僕の理解した限りでの馬場さんの論点は、「車とタイヤの場合には、両者を同一の物理空間上に記述することが可能であり、さらにその空間において全体性と部分性の関係が見て取れるのに対して、意識と脳の間にはそのような記述を与える観点が存在しないように思える」というものです。
この問題提起に対し、ある意識状態に対応する脳状態は一定の時空領域のまとまりである、という主張を掲げても答えになっていないことは明らかでしょう。
むしろこの主張に対しては、「脳状態の時空的なまとまりが意識状態と対応するのに対して、まとまりの一部分は意識状態に対応しない」という主張はいかなる根拠に基づき、どのような観点から記述可能なのか、と問いただす権利が馬場さんの側にはあります。

こういうのに出会えるから、Qualia-offは見逃せない。
スゲーや。

1 thought on “Qualia11

  1. 青山さんとお話して青山さんの写真を載せるのをやめました。
    目線隠しをして載せるのも一興かとも思ったのですが。
    青山さんの容姿について気になる方は青山さんのWebサイトなどでご確認下さい。
    もしくは
    http://nakata.net/jp/
    で代用してください。

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