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家族って何?

  • 投稿者: nomad
  • 2004年8月31日 1:14 AM
  • こころ

映画「誰も知らない」はあっちこっちで評判だ。僕も見たい。
この映画が今の日本の社会の家族の姿のある側面を映しているというのは、きっとそうなんだろう。

カトラー:katolerのマーケティング言論:誰も知らない(Nobody Knows)の絶望そして希望
「母性」というものはひとつの幻想に過ぎないーという認識、それを「絶望」と言い換えてもよいのだが、そうした認識に立つ地点からしか、もう一歩も先に進めないところに私たちは来てしまったのではないか。

それはそうなんでしょうけれど。
「母性だけでは解決できない時代になってしまいましたね」と言うだけでは思考停止なんじゃないかなあ。
僕たちはそういう時代にあって、なぜそうなって、どうするべきなのかを語るべきなんじゃないかと思うよ……


そもそも母性だとか本能だとか形容する僕たちの行動が、強くなっただの弱くなっただのという言質は、信頼に足る証拠を提示しているのを見たことが無い。そりゃそうだ、本能と規定された行動が何で、それがいつの時代はこう現れていて、現代はこう現れている、というデータなんて一つもないからね。
母性はともかく。家族という役割が現代は変わってきているのはなぜか、という視点から考えた方がいい。
最初に言ってしまうけれど、家族という形態が変わってきたのは、社会が変わったからだ。家族は社会の雛形である。
で、なぜ社会が変わったかといえば
・人口の流動
・地域社会の共同作業機会の減少
 ってことがまずある。
これに付随して戦後の自由教育と、経済発展の恩恵がある。
つまり、「経済」と「意識」の相互作用により、共同体の保護なしでも生活ができるようになり、また、共同体から離れて生活することが暗黙に了解あるいは奨励されたんだ。
そして、僕たちは共同体、すなわち社会の枷から開放された。
すると、共同体の枷がなくなり、不品行とされた行動が見過ごされるようになると共に、共同体の保護も失った。
子供たちは共同体の中で教育されることはなくなり、その役割、重石は母親が担うことになった。
ところが、不品行とされる育児放棄さえも誰も何も咎めなくなった。
共同体では夫々が一定の役割を固定化して担っていて、時には狂人、浮浪者さえもイリーガルな共同体の構成員とされていた。いざというときには彼らが人身御供になるために。
僕たちは、そんなあまりに呪縛的な共同体から逃れたくて、今の「自由な」社会を夢見ていたはずなんだよね。田舎育ちの人にはわかると思うけど、閉鎖的な、それこそ一挙手一投足まで、辟易する監視の視線に心当たりがある人も多いでしょ。(文化的)田舎ほど自殺率が高いってのはそういうことだよ。
じゃあ、そういう共同体の呪縛は捨ててしまって、保護だけをすくい取る方法が望まれるわけだけど、それが福祉や行政で肩代わりできるか、というと…
家族の崩壊を助長するだけなんだろうね。「スウェーデン」「犯罪」「家族」のキーワードでググってみると面白いよ。例えばここ。 とっても誠実に、スウェーデンの現在について分析している。ググってざっと目を通すとわかるけど、ある意味スウェーデンって誤解・曲解をしやすい国なんだね。
理想国家でもないし犯罪国家でもない。ただ、家族は崩壊している。
結局は、社会・共同体を作るのは僕たちなんだ。僕たちが望んで、今の社会を作ってきたんだ。
共同体からの負荷がなくなった分、家族を支える負荷が母親にかかってきている、ということだ。それがトレードオフってもんだよ。
こんなんじゃイヤだ、と思うんなら、今の社会じゃない未来を考えなくちゃいけない。それは母親を保護することではなく、家族を、どんな形にしたいか、というビジョンが必要だ。
ここでエクスキューズしちゃうけどさ。
僕だって立派な父親、立派な家庭なんて築いちゃいない。てーんでダメダメな家庭なわけで、ウロウロしながらなんとかかんとか、今のところは、って具合。
だからステキなアイデアで一刀両断ってわけにはいかない。
でも、ここで言えるのは、家族を家族として繋ぎ止めるには、やっぱり共同体の力が必要だってことだよ。一番最初に書いたように、家族は社会の雛形だからね。
お金(税金)を出して誰かに肩代わりしてもらうってのは、わかりやすくてシステマティックだけど、実際うまくいってないんだから、そういうお手軽な案に頼っちゃダメだろうね。
もし、ここで行政やシステムが力になれるとしたら、共同体を形作るための助成をしていくってことなんだろうね。
例えばNPO組織みたいな、社会に対する貢献をする「地域組織」、つまり生活している基盤に直接働きかける組織を育成する、みたいな。
 …あんまり走りすぎると地方政治結社や宗教組織みたくなっちゃうけど。
春名ちゃん殺害事件みたいに閉鎖的共同体の中で歪んだ感情が増幅してしまうことになっちゃ逆効果。
 うんでも、地域社会そのものが信条・文化・宗教の枠で囲まれたモノなんだけどね。
家族だってそういう「気のせい」で結ばれているわけで。そういう気のせいが無くっちゃバラバラになっちゃうものだからね。
共同体の枷がありつつ、一定の情報・人の流動が制御される共同体システム。
そういうのを期待すべきなんだろうと思うよ。
多分、それはそれほど難しくない。現代では、どうしたって人口も情報も流動してしまう。むしろどんなふうに社会の中で固定化した役割を与えていくか、を考えればイケそうだと思うんだよね。

コメント:2

ASDIC 2004年8月31日

どうも。お役に立てたなら嬉しいです。
しかし…ネタというか、あまりマジメなblogではないので、こういう紹介のされ方はちょっと如何なものかと思わなくもないですが、まぁ、いいか。
ちょっと読ませてもらいましたけど、何となく山形浩生っぽいですね。もちろん悪い意味ではなくて。

nomad 2004年9月1日

山形浩生ですかぁ。そういえば書いてる最中にちらっとそんな気もしました。んが、今読み返すともう少し推敲する必要があって、山形氏ほどじゃないデス。
マジメな評論家っつーか、専門家の人たちの記事も読みましたが、なんか、専門家ほど偏ってて依怙地な意見だったりごまかした表現をしてたり。
商売だから意見に利害がからむのかねー。
ですから、「気軽に、よく調べてる」人の方が信用できる場合も多いんですよね。

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