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人生の二周目

5月の22日は弟の誕生日でなー、弟に電話をしたのさ。
「いくつになった?」つったら40だってヨー
いやあ、さすがは我が弟。やるやるとは思っていたが。いやしかし、いつのまにか兄を追い越す日が来るとは思わだかだだだよ
えだいなー、兄は本望だだだよ
聞けばな、40にもなれば思うこともあるっちゅうだよ。
えだいなー、やっぱ40になると思うことがあるっちゅうからな。
思うっちゅうのがまずえだい。
普通はなかなか思いませんよ? 思わんでしょう。
ほんでな、何思うっちゅうか聞いてみただ。
したらな……


あと30年か40年の人生の中で何を残せるかと思う、って言うんだな。
で、とりあえず子供がいるし、それに託すのが残すということかもしれんと。
子供をしつける時に思うのが自分の父親のことであると。
で、まあ、俺たちが子供時代の親父のエピソードを言うわけだよ。
一人の大人の男として、「反面教師として俺も考えんといかん」とかね。
それで1時間くらいしゃべったかな。
そりゃそうよ。もうお前も40になっつまったんだからさ。
40っつやあ、押しも押されもせぬ、オサーンよ。オヤジよ。加齢臭とかしてパゲてきて鼻毛に白髪が混じるのよ。チンコも朝立ちしなくなるのよ。いや俺はするけど。
人生の折り返し地点なんて聞こえはいいけどさ、半分過ぎたからって、この先、何か成長することなんかないのよ。背は伸びるどころか縮むらしいしさ。足が速くなることもないし、恋だの愛だのってのからだんだん縁遠くなるのよ。しぼむ一方なのよ。楽しみはどんどん減ってく一方なの。
俺もさ、バイクに乗り始めて25年じゃん。この先25年、バイクに乗れると思う?ますますブッ速く走らせられると思う? な? だからさ、俺も、今やっとかにゃやる時ゃないっつってやっちゃったのよ。 まあヤリ過ぎなんだけどさ。
ほんでね、俺は思ったよ。
グダグダ言い訳してる間に、ジジイになっちまう。今やらなきゃ、一生やらないまま死んじまう。
時間があるとか無いとか、金があるとか無いとか、才能があるとか無いとか、今更いちいちそんな言い訳してるヒマないんぢゃねえの?
時間が無くって金が無くって才能が無くってドへたくそでみっともなくっても、やらないってことは、何にも無いってことだよう。
でね、俺は思ったよ。
俺らさあ、もう、人生の二周目に入っちゃってるわけ。
いろいろもうわかっちゃってるわけ。
リスクとか限界とか。何を得て何を失うかとか。
だいたい想像つくじゃん。
若いうちにさあ、夢中になってプラモ買ったとするじゃん。山ほど。ほんで作らんで箪笥の肥やしになってる現状を見てハッと気づくのよ。気づいて捨てるの。
で、もうこういうのから自分は解放された、あれは夢だった、と思うでしょ。
でまた集めるんだ、これが。
ume.ちゃんのことだけどさ。
でもね、もう、一回ローテーションしてるから。
どのくらい買えば肥やしになって、いつごろそれが負担になって、捨てることの喪失感と開放感と、そしてコレクションする楽しみ。
そういうのを一度全部経験してるから。
だからこそ、今、コレクションしても、それはそれでいいの。自分で納得してるから。
俺もね。
まあ、人にコゾウだコゾウだと言われるわけよ。いろんなことがね。
一度は大人を目指したこともあるし、一瞬成功したかに思ったこともあるよ。
でもね。
大人になったからって、まあ、そんな違いはなくってね。
金が儲かるわけでもないし、仕事がうまく進むわけでもないし、モテるわけでもないし、尊敬集めるわけでもない。まあ、もし尊敬集めたからって何がどうなるわけでもないしね。
コゾウはコゾウのまんまでいいのよ。
その気になったときだけチラッと大人の振りすりゃいいことだからね。
コゾウと大人とどれほど違うのかって言われても、そんな大きな差は無い。
ただね。
こういう考え方って、伸び伸びと開放されてるように見えるんだけどね。
一抹の淋しさもあるのよ。
こうした開放感は諦念だからね。
僕らは若さの代用として諦念を持たざるを得ないのだよ。
自分の才能と可能性がどこかにあることを信じ、努力すれば得られるものだと信じ、有り余る時間を無為に浪費し、満たされぬ思いを怒りとして誰かにぶつける、そうした若さっちゅーもんが、すでに僕らのものではなく、僕らの子供たちのものだからね。
いやだからもっとあがけよコゾウ。

コメント:5

takeshi 2006年5月28日

誕生日を忘れてた。謝っておいてくださいな。
俺も色々やってきて、お陰で色々経験させてもらって、周りで何人か羨ましかったり残念だったりで、さ。
やろうかどうしようかとか、手遅れとか周回遅れとか、…だから飛び込んでみるよ。
出来る事出来ない事とか、何をどの位失うかとか、…だから飛び込んでみるよ。
俺の好きな言葉の一つに
死ぬ気でやってみろ、なかなか死なないもんだから。
ってのがあります。
俺ももうすぐ金を取れるグラフィックデザイナーになれそうです。営業の仕方を勉強しなくちゃ稼げませんが。
って言う点で、おれはまだまだコゾウのままです。誠に申し訳ございません。

nomad 2006年5月28日

いやー…お兄ちゃん、あんまり「死ぬ気でやってみろ」って言えないなあ…
けっこう簡単に人は死んじゃうし、「死ぬ気でやってみろ」って言う方は大抵、失敗しても、相手が死んでも、あんまり影響が無い場合が多いんでー
そういう場合は「死なない程度にイケ」くらいにしちょりますよー
営業はねー、最近わかったけど「断る技術」「リスクを説明する技術」が最も肝なんじゃないかと。
「がんばります」って無条件に言っちゃダメなんだよね。コストにしても納期にしても。何の裏づけも無く「がんばります」だと付加価値を無くしてしまう。
まずはこちらの条件を提示して、その理由を説明する。で、顧客が交渉してきたら、提示した理由に基づいて条件を変化させる。
2週間後に100個を1万円、っていう条件でこちらが提示して、顧客が8000円に値引きしてくれって言ったら、優先順位が下がるので、余暇時間での製作になるから納期は1ヵ月後、とかね。

takesi 2006年5月30日

もちろんそうです。
>「死ぬ気でやってみろ」
は不甲斐ない自分へのビシバシで、気合を込めようという浅はかです。
だいたいが、このくらいの気合を入れないと立ち上がる事すらしないんじゃもん、俺。
>「死なない程度にイケ」
としか、誰にもいえません。言いません。
「死んじゃうくらいなら逃げろ」って言うし。「死んじゃうくらいなら全部捨てちゃえ」ですよ。
がんばる前にせめて、できるできないの判断はしっかり持っていたいです。

ume 2006年5月30日

なんか、妙なところで自分の名前が出てくると
びっくりしてしまうじゃないか。
ま、特に言う事ありませんけど。(本当の事だし)

nomad 2006年5月30日

> ume.ちゃん
へへへ。引き合いに出させていただきました。人生二周目ってことで、このエピソードを思い出してどうしても書きたくて。

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