僕のターボ道(1)

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「たーぼどう」そもターボとは連綿と受け継がれる一筋の道なり。ターボの前にターボなし、ターボの後にターボなし。即ちターボを極めしその極意とは!
 というような話ではなく。「ターボみち」。
 迷い道ク?ネクネ? (よい子のみんなはわかんないくらい古)
 2002年の夏ごろ。
 GSX-R1000か、ハヤブサか、で迷っていた時のこと。自宅の近所のクラスフォーにバイクを見に行ったとき「ハヤブサはアメリカで人気がありますよ。街乗りもツーリングもと使えて長く乗るならハヤブサでしょうね。ターボキットなんてのも出ててウチでもやってみようかと思ってるんです」なんて話を聞いた。
 その時は「そりゃスゴイですねえ」くらいの反応しか浮かばなかった。


 ハヤブサにターボを付けようだなんてカレーにカツを乗せちゃったみたいで、確かにそりゃうまいだろうが、あまりっちやああんまりだ。冗談のひとつくらいにしか思わなかった。お金もかかるだろうし、ターボの弱点や難しさをよく知っていた僕は現実的な選択だとは思わなかった。
 ただ、この時の話が、ターボをつける人も現実にいるんだな、と印象に残ったのだった。
 以前からターボチャージャーには興味を持っていて「究極のエンジンを求めて」なんか夢中になって読んでお経のように暗記したもんさ。ミラーサイクルとか。ストイキなミクスチャとか。
 可美の総合センタでやった産業展じゃあスズキの技術者に質問攻めして「同業者ですか?」とか言われたもんさ。
 クラスフォーから帰って「そういえばバイカーズステーションにターボの記事が載ってたなあ」と思いだしたり、以前から集めていたそうした本を読み返したりしていた。
 そうこうしているうちに、例の寄せ書きを書いてしまい、頭からターボが離れなくなってしまった。
 僕はその時40だった。
 これから子供たちも教育費がかかる。上の子はもう高校生だし、あと数年で大学生だ。子供は3人いるからこれから先、10年やそこらは自分の趣味にお金をつぎ込むなんてどだい無理な、お金がかかる生活が続くだろう。
 何の滞りもなく、順調に行ったとしても、自分の趣味にお金をかけられるようになった時には…僕は50を越えてしまう。そんな時にターボなんて乗れるわけがない。そもそもスーパースポーツバイクに乗れるだろうか。
 チャンスは今しかなかった。
「オメー、男が一旦バイクに乗るっつったら、俺くらいのクラスになりゃあ100万やそこらのバイクなんざ乗れめえ。そんなんコゾウの小遣いじゃああるめえし、乗るっつやあ300万からはかかるわい。これが最後になるわけだし…。最後ですから。…なんとかなりませんかねえ」
 奥さんをダマクラかして、奥さんは騙されたふりをして。
 そうと決まったら早速電話だ。浜松の友達のナカミチさんとこへ。無理も無茶も頼めるのはあの人しかいない。僕は思いついたら矢も盾も溜まらず会社の昼休みにナカミチさんの所へ携帯で電話した。
「ナカミチさん、ハヤブサにしたよ。 …でね。頼みがあるんだけど。ターボつけてよ」
「え゛え゛?っ …うーん… 難しいよ。簡単じゃないよ。つくにはついてもちゃんと走るかどうかわかんないよ」
「うん。それはわかってる。ターボは国際オートパーツで中古買って来て、シリンダにゲタはかして圧縮比落として。エアボックスはアルミにしてそこを加圧すればいいよね。エキパイからエアボックスまでのパイプはワンオフしなきゃいけないけど。ハヤブサ、インジェクションだから、サブコンつけて燃調補正すればなんとかなんじゃない?」
「うーん。つけたはいいけど、壊れるかもよ。お金いくらくらいかかるかわからんもん」
「じゃあさ、100万。壊れてもいいから100万。それでターボつけてよ。100万で打ち止めっつーことで、後は文句言わないから。あ、それか、キットもどっかで出てるから、それ探してみるわ。確か雑誌じゃあ外国で50万か60万で出てたよ。今のレートと比べてどんなかわからんけど。インターネットで探してみるわ」
 今、文章を読み返してみて、その時、スンゲーこと言ってたんだなあ、と笑っちゃうのだった。これじゃ中学生だよ。俺、そんとき、40だったんだよ。

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