合気道=ヤラセ説

shigwさんのご紹介のblogへ行ってきました。
いやあ、やってますな。これはコメント欄の中のひとつの感想です。

合気道の達人、塩田剛三の映像:ひろぶろ
普通に演技だろ
こんなん実戦できたらみんな合気道やるよ
Posted by unk at 2005年04月26日 20:12

ここで紹介されている動画への感想をいろんな人が書いてるんですが、ウソだの演技だのとかまびすしいこと。
まあ、俺に言わせりゃ「強い武術なんてのはなく、強い武術家がいる」ということ以外ないんですが。
「合気道が強い」「柔道が強い」「中国拳法が強い」「サンボが強い」とかなんとか言ったってくだらないですよ。多分、そんなこと言うのは格闘技をやったことが無い人なんじゃないでしょうか。
例えば僕は合気道をやってますが、僕が町でケンカをしてこてんぱんにノされたら、それは「合気道は弱い」ってことになるのか? 違いますよね。そりゃ僕が弱かったってだけですよ……


それぞれの格闘技はそれぞれのフィールド…言い換えれば、想定されたシチュエーションの中で最大の効果を発せられるように考えられて来た技術です。合気道は合気道の想定したフィールド、柔道は柔道の想定したフィールド、ボクシングはボクシングが想定したフィールドがあるわけです。
逆に言えば、そのシチュエーションから外れたら効果は少なくなってしまう。
柔道には柔道の限界があるのと同様に、合気道には合気道の限界もまたあります。その限界を指して「ほら合気道は弱いんだ」というのは、そりゃ違う。万能の格闘技など無いんですよ。
自分が強くなりたいなら他の流派の技も取り入れますよ。柔道家も合気道の崩しを取り入れるだろうし、合気道も相撲の押し合いを取り入れる。
事実、僕の師範も、常により効果的な技を考えていて、古いお弟子さんによると、以前の極め方とは違った極め方に変わってきたりしているそうです。技も変わってきているのに、単純に、こっちよりあっちが強い、あっちはこれより弱いなんて比較はナンセンスです。
それに、例えば、合気道の技の一部に脇腹を手刀で打つ動作がありますが、これを拳で打ったり、猫手の拳を使ったりというやり方もあると教えてもらいました。それぞれ空手の拳だったり大東流柔術の拳、中国拳法の拳だったりなんですが、だからといってこれが合気道でなくなるのかといえば、やっぱり合気道なんでしょう。自分の器に合わせているだけです。
僕たちはなんでもかんでもいろんな種類の格闘技をやるなんてできませんから、自分のスタイルにあった格闘技を選ぶわけです。
僕は、自分の年齢や背格好、出会うであろうシチュエーション、生活の条件、そしてちょっぴり神秘的な興味から合気道を選びました。これを軸にして修行していけばいいんじゃないですかね。自分の器に合わせて。
それとですね。
鬼神 塩田剛三をつかまえて「ウソだホラだハッタリだ演技だ」もなにも無いわけですが、演舞の動画を見て「こんなの違うからホントはこの人は強くないんだ」なんて思っているようなら、一度合気道をやってみればいいんですよ。
結局、相手の力を量れるのは、相手と同じくらいの技量をもって初めて言えるわけです。
塩田剛三の技がウソみたいに見えたとしても、それが塩田剛三の力量を量ったことにはならないんです。塩田剛三と対峙してみて初めてわかる。
塩田剛三は亡くなってしまいましたので、もしよろしければ養神館にその人ありと言われた(らしい)僕の師範をご紹介します。
かく言う僕も間近に実際の技を見ると、まるでインチキみたいに見えました。が、この身で受けてみれば現実にものすごい勢いで効きます。
僕からすれば魔法のような技を出す師範より塩田剛三はさらに強かったと師範ご自身が言われています。もしあの動画で塩田剛三が目から殺人ビームを発射してても僕は疑いませんね。
そのくらい名人の技というのはオリエンタルブラックマジックにしか見えない。
一緒に合気道やりましょうよ。おもしろいですよ。僕は練習のたび、毎回合気道のおもしろさに魅力を感じています。
毎週土曜日、午後1時半から錦糸町の錦糸公園内 墨田区体育館 にて、お待ちしています。ぜひ。

7 thoughts on “合気道=ヤラセ説

  1. 此方でははじめまして。
    かつて戦国時代には、武人の数だけの剣術の流派が生まれ、一代限りで消えて行ったそうです。
    極端な話、片腕の者は片腕で出来る武術を目指す、という事でしょうね。流派というのはあくまでも技術のベースの問題でしかない。後は個人の問題。そしてその個人にも得手不得手は有る、と言う事ですね。
    しかしネット上では何時でも諍いが行われていますな。こりゃ戦争も無くならない訳です。

  2. 録ったのが昔なんで画質も良くないし、更に圧縮して小さく
    してあるので、動きがチャップリンやキートンのサイレント
    映画のように見えなくもない。
    ただ、それを見ただけで笑われてもね。
    食べた事のないモノを写真で見ても、匂いも味も想像出来
    ないのと一緒のことだと思います。
    近くに住んでいたら、是非一緒に練習したかったです。

  3. 青蛙堂さんいらっしゃい。
    shigwさん、いつもありがとうございます。
    あの争いっていうのって、お互いわかってない人同士で争ってるように見えるんですよね。少しでも合気道を齧ったことがある人なら、あんな争いにはならないんじゃないかと思う。もちろん、合気道にも限界がある。
    でも、長所と短所をわかってモノを言ったら、一方的な否定にはならないはずなんだよね。
    「合気道が強い」とは思わないんですよね、ホントに。
    多分、合気道が強い人は他の格闘技をやってもある程度強くなると思うんですよ。
    もちろん、その反対も同様で。
    これは合気道に限らず何にでも言えることでしょうが、どんな姿勢で取り組んでいくか、何を目的としているか、自分はどうなりたいのか、そういうものをはっきり持っていなければ上達しないでしょうね。
    ↓ここにある動画がけっこう品質いいですね。
    http://www.aikidojournal.com/

  4. 合気道が強い、弱いではなく、純粋にこの動画をやらせか否かというと、一般の人にはやらせと取られても仕方のない部分もあります。
    何を指してやらせというのかにもよりますが、「演武」というデモンストレーションの形式を知らない人は、どこを見ればよいかがわからないのではないでしょうか。
    「指一本で人をふっ飛ばす」という威力に嘘はありませんが、構えず、棒立ちで立ってふっ飛ばされるのを待っている人は現実的にはありません。
    この場合、演武では、「指一本でも倒せますよ」という部分を説明しているのであって、実際の攻防がどうかという話はハナからしていない訳です。
    そういう、「約束」をやらせというなら、走って手首をつかんでくるというようなシチュエーションなどもやらせになってしまうし、野球で言えば、「キャッチャーの頭をバットで殴打して、人数を減らしてしまえばいいじゃないか。それをしないのはやらせだ」というようなもので、じゃあ塩田氏が説明中にいきなり襲ったり、弟子が密かに短刀を隠し持っていたり、急に客席からライフルで撃ってきたりすれば気がすむのか、という話です。
    それはすでに「演武」ではないし、これをつきつめれば、「殺さないのはやらせだ」という話ではないかと思います。

  5. nomadさん今晩は。技のかけ方がなんとな~くわかってこの映像を見るとすごいの一言しか出てこないですね。あ~うごけるか自分自身?そのうちなんとかあの何分の一かの感覚を味わいたいと思いながら練習しています。それにしても自分の仕掛けた速度がそのまんま自分に+αされて帰ってきてると思うとめっちゃ恐ろしいですね。

  6. ↑そう! そうなんです。
    合気道を多少やったことがある人は、あの動画のスゴさがわかるんですよね。ほとんど予備動作が無く、スパッと技を極める速さ、殺気のないのんびりとした動作のくせして、するっと死角から技を繰り出す巧妙さ。そういうところに妙技があるんですよね。
    昔、大山倍達が中国に行って瓦を試し割りしたところ、それを見た中国拳法の老師に「瓦は屋根を葺くもので割るものじゃない」といわれたと言います。
    どれだけ強そうに見えるか、ではなく、強そうに見えないからこそ強い、という怖さはわかんないでしょう。

  7. ↑あー、こんな書き方じゃわかんないな。
    瓦を割るような直截的な強さの提示はわかりやすい。
    しかし、人と人との勝負では、そうした力の強さではなく、弱そうにさえ見える強さというのがある。
    けれどもそういうのは、やったことの無い人にはわかりにくい。
    ってことですね。
    佐山師範のとこのドラネコ商会流で、予備動作なしで相手の後ろに回る練習をしてみました。
    佐山師範の技はむしろ滑稽見えるほどなのですが、いつのまにか後ろに回りこまれていて引き倒されてしまいます。
    むーん。
    やってみたですが、ぜんぜんできん上に太ももパンパンになりますた。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください