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ロック岩崎氏 死す

  • 投稿者: nomad
  • 2005年4月23日 12:41 AM
  • こころ

男の子は大抵飛行機が好きだ。
マニアとは言えないが、僕も人並みに飛行機が好きだ。
浜松に生まれ育った僕は、子供の頃は毎日のように航空自衛隊の訓練を見ていた。父親に飛行場まで離着陸訓練を見につれていってもらったり、そのころはまだ浜松にいたブルーインパルスがアクロバット飛行訓練をしているのを飽きもせず眺めていた。
僕は結婚して子供ができると、コゾウたちを連れて航空ショーに行った。
年に一度行なわれる浜松航空自衛隊の航空ショーは、家族そろって楽しめるイベントだ。
僕が子供の頃夢中になった、子供の科学の付録の紙飛行機を作るブースや、もちろん自衛隊にちなんだオモチャやおみやげもあるし、軽食の出店もある。自衛隊の給食車でおでんや豚汁を食べるのも楽しい。戦車や装甲車や対空砲をは勇ましいし、もちろんお目当ての飛行機のフライトも絶対見逃せない。
ショーが終わっても、皆なかなか帰ろうとしない。ショーの最後に、参加協力している米軍のパイロットが帰り際のサービスで派手な機動をかけたりするのを見逃すまいと狙っているからだ。
僕たちは航空ショーの季節を楽しみにしていた。
もう5年も前になる。初めて僕はロック岩崎のフライトを見た。
それまで名前だけは知っていたし、アクロバットがどんなことをするかは漠然とした知識は持っていた。ロック岩崎はその時もうスーパースターだった。
僕らはアクロバットが始まるのをわくわくして待っていた。
けれど、目の前で繰り広げられるショーは、次元が違っていた。僕らが期待していたものと、一桁も二桁も違っていた。
目の前を飛んでいるのは飛行機ではなかった。飛行機の格好をしたUFOだった。
斜めに傾いだまま飛んだり、垂直上昇したその格好のままエンジンを止めて降りてきたり、炊いたスモークが風に流れて機体を追い越して前に行ったり…それって機体が相対的に後ろに下がってるってことじゃないのか?
僕らは口をあんぐり開けて、興奮しながらそのショーを見ていた。
女房はいつもなら物好きな父ちゃんと子供の世話に付き合ってるという風情なのだが、その彼女さえも「素晴らしいショーだわ!」と感激していた。
僕らは、時々、この時のショーのことを思い出して「また航空ショーに行きたいね」と話した。
僕らにとって「ロック岩崎」は特別なヒーローだった。
…とても、とても残念です。
http://www.airock.co.jp/about/about.htm


–追記2005.06.19–
ハチロクといえばスプリンターだかカローラのことじゃなくてセイバーのことでした。
ブルーインパルスといえば、浜松にあるものでした。
僕は子供時代、毎日のように空にスモークを描く彼らを眺めていて、飛行機というのはそういうものだと思っていました。
ですから、ジェット戦闘機のパイロットは僕にとって身近なヒーローでした。
ジャンボジェットのパイロットはトラックの運転手だけれど、ジェット戦闘機のパイロットはF1のパイロットだと思っていました。
今年の清水みなと祭りでは、復活したAIRockの方々のショーが見られるとのことです。

コメント:6

佐藤@スケーター 2005年4月23日

今はただ、氏のご冥福をお祈りします。

taru 2005年4月24日

あれれ 浜松なんでしたか。僕もです。
というか もろ航空自衛隊基地のお膝元(徒歩5?10分)
で育ちましたよ。
僕は男のくせにまるで飛行機には憧れなかったなぁ。
そう言えば。空は好きですけど。
※メール欄は架空アドレスです。

しづる 2005年4月24日

ロック氏のようなベテランがまさか亡くなるなんて。
義父は悲しみに沈み、今年26歳になる甥っ子は号泣です。
義父がパイロットをしてた関係でロック氏とは親交がありまして。
以前から彼の勇姿は伺っておりました。
僅か地上5mの所をすごいスピードで駆け抜けるのだとか
甥は目を輝かせて語っておりました。
残念ながら私はお目にかかったことはないのですが、リビングには
義父や甥と一緒に映った彼の大きなパネルが飾ってあるので
勝手に友達気分でおりました(苦笑)
まだまだお若いのに・・・本当に残念なことです。
ご家族に感動を与えたロック氏は偉大な方ですね。

nomad 2005年4月26日

大切に思っている人、自分に感動を与えてくれた人が失われてしまうのは、とても残念なことです。

小白 2005年6月14日

はじめまして。ネットサーフィンでこちらのページに初めてお伺いさせて戴きました。ロック岩崎氏がお亡くなりになったこと、今知りまして、、、、絶句です。
僕も浜松で生まれ育ち、物心ついた頃からハチロクブルーのファンでした。T2ブルーの悲しい事故の時も、目前でみていました。
大学進学を機会に、横浜に移り住み、毎年厚木のWings、時には入間、横田に当時まだ3歳位の息子達を連れてエキサイトしたものです。
厚木でのロック岩崎氏の華麗な演技、娘さんのMCも鮮明に覚えています。
ロック岩崎氏は演技中、演習中に亡くなられたのでしょうか。
先ほどまで何も知らずにいて、ただただ、、、言葉もありません。

小白 2005年6月20日

こんばんわ。僕のブログにもお越し頂いてありがとうございます。
ロック岩崎氏が亡くなった事を知り、沈んでいましたが、ネットを通じてnomadさんのように共感できる方々との出逢い、嬉しいです。
ここ数年大好きな空から少々離れてました。
いろいろ最新情報、教えて頂けますか? 
よろしくお願いいたします!

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